1. コンピュータシミュレーションを利用した力学の学習における生徒の問題解決過程の分析

東原義訓(筑波大学) 瀬口春一(熊本北高等学校)  中山和彦(筑波大学)



(1) はじめに

     生徒が力学の問題を解くことができるかできないかの要因は何か。解ける生徒は、どのような問題解決の方法をとっているのであろうか。物理が得意な生徒とそうでない生徒とでは、問題解決の過程に何らかの違いがあるはずである。生徒が物理の問題を解く過程を詳細に分析することによって、これらの疑問に答えることができれば、今後の物理教育への有効な示唆が得られる。しかし、生徒の問題解決の過程を、授業分析、観察、ペーパーテキストなどの手法によって詳細に把握することは困難であるため、この方面の実証的な研究は現状ではほとんどみられない。もし、コンピュータによるシミュレーションを利用すれば、統制された学習環境ではあるが、ある程度自由に試行錯誤しながら力学の問題を解く場面を用意することができ、生徒の試みた問題解決の過程を詳細に記録し、分析することが可能となる。
     本報告では、上記の第一段階として、コンピュータシミュレーション教材を開発し、生徒が自由に参照できる情報、操作できる変数を設け、それらを生徒がどのように扱いながら問題を解決するかの詳細なデータを記録し、問題解決過程のパターンを抽出する。

(2)研究方法

     この研究を進めるために、シミュレーション教材「運動とグラフ」を開発し、高校生を対象に授業を実施し、CAIシステムにより記録された学習記録を分析した。授業の前後にはペーパーによる調査を行った。用いたCAIシステムは、筆者らが開発したクラスルームCAIシステムIIIである。

     対象:奈良県T高等学校1年生90名
     時期:1989年10月

(3)シミュレーション教材の設計

    本研究の目的のために、シミュレーション教材には次の機能が要求される。

    1. 必要な情報を自由に選択して参照できる機能

    2. 自分がたてた仮説を検証するために必要となる変数を自由に設定できる機能

    3. 問題解決の困難な生徒に対しアドバイスや励ましを与える機能

    4. 生徒が行う情報の選択や変数の設定などコンピュータへの入力を記録する機能

    5. 仮説を評価する機能

    6. 実験室での実験にできるだけ近い思考を生徒に要求できるコンピュータ画面

    7. 自由性を高めるためのマウスによる入力機能


    1.「運動とグラフ」

     具体的な課題の1例は、コンピュータからグラフによって与えられる運動と同様の運動を、斜面の形状や初速度などの変数を設定して画面上でシミュレートさせるものである。変位−時間、速度−時間、加速度−時間の関係を表す3つのグラフのいずれかを、生徒は自由に選択して画面に表示し、軌道の形状(たとえば節のある斜面の傾斜角)、初期位置、初速度を決定し、シミュレーションを実行する。この情報の選択・収集、変数の決定による仮説だて、実行による仮説の検証が何回か繰り返されて、生徒は課題を達成する。課題は全部で10題用意されている。
     この課題は、カーネギーメロン大学のアンドリューで稼動しているシミュレーションにヒントを得たものであるが、次の点を工夫している。

    1. 高機能ワークステーションを必要とせず、従来のフレーム型CAIの拡張として実現している。

    2. シミュレーションの方法習得するためのチュートリアルを含んでいる。

    3. シミュレーションの過程の記録が取れる。

    2.コースウェアの実現方法

     このコースウェアは、クラスルームCAIシステムが有するフレーム型のチュートリアルからBASICによるプログラムを起動する機能を用いて作成されている。
     シミュレーションのための操作の練習、課題の解説・提示、条件の設定、評価とメッセージはフレームによって構成され、グラフの作成と表示、運動の計算と軌跡の表示はBASICによるプログラムで記述されている。

(4) 結果

    学習記録を分析した結果、問題解決過程のパターンとして、次のものが認められた。

    1)パターンA(図1)

    このパターンは、模範的な解法パターンであり、最も少ない情報参照と試行回数で正解できるパターンである。このパターンは、問題1から3ではあまり見られなかったが、それ以降の問題で出現している。これは、はじめの何問かを解くあいだに解法を発見し、その方法が定着して次の問題の解法に利用されていることを示している。


    2)パターンB(図2)

    このパターンの特徴は、実験が成功しなかったとき、条件を対称的に変更して、再び実験するところにある。たとえば、右下がりの斜面で失敗した場合は、次に右上がりの斜面を設定して試してみるという解決方法である。


    3)パターンC(図3)

    このパターンは、正解に近づいた場合に見られる解法であり、条件を少しずつ変化させて正解に近づけようとする解法である。たとえば、初速度を少しずつ大きくして何回めかに正解にたどりつく。


(5) 結論

    シミュレーション様式のCAIの学習記録から問題解決過程のパターンを抽出することができた。今後の課題は、学習者の理解状態と問題解決過程の特徴について分析することである。

〔文献〕Trowbridge(1981) American J. of Physics,49-3