研究報告
2. CAIの学習記録からこんなことがわかった

瀬口 春一
シミュレーション教材「運動とグラフ」の学習記録の分析より


     CAIで学習記録が取れることは、よく知られている。しかし、それがどのように生かせるのか、本当に役立つのか、あまり事例は報告されていない。
     本稿は、CAIの学習記録を分析することによって、高校生が物理の課題を解くプロセスを解明しようとした実践研究の一部を紹介するものである。
     物理を素材としているが、学習記録が秘めた可能性をできるだけ多くの方に知っていただければと思い、筆を執ることにした。

役立つ学習記録の分析

     まず、最初に書かなければならないことは、どのようなコースウェアの学習記録でも役に立つかというと、残念ながら答はノーである。
     コース作成の段階で仮説を立て、それを検証できるように、コースウェアが作成されてはじめて本当に役立つ学習記録の分析が可能になる。
     こう書くとずいぶんむずかしそうだと思われるかもしれないが、決してそうではない。
     問題は、コース作成者が学習記録から何を知りたいかということが明確に意識できているかということである。もし、意識できていれば、何を記録しどう分析すればよいかが決まるので、意味のある結果が得られる。
     そこで、ここでは学習記録の分析に先立ち、学習記録から筆者が何を知りたかったか、そのためにどのようなコースウェアを作成したかについての説明から始めることにする。

学習記録から知りたかったこと

     普段の物理の授業でいつも感じていたことは、物理の得意な生徒と得意でない生徒では問題の考え方にどのような違いがあるのかということであった。
     もし、それが少しでも解明されれば、指導方法を改善することにつながり、物理を好きな生徒、物理的なものの考え方ができる生徒が増えることが期待できるのではないだろうか。
     そこで、生徒が問題を解決していくプロセスを解明するためにCAIの学習記録を利用することにした。
     そのために、次に説明するような機能をもつシミュレーション教材を開発した。

「運動とグラフ」はこんなソフト

    ●ふつうと違うシミュレーション教材

     図1は、開発したシミュレーション教材「運動とグラフ」のコンピュータ画面である。画面は、大きく3つの部分に分かれている。
     このような画面を見ると、設定したパラメータに従って運動がシミュレートされ、グラフが描かれるのだろうということを思い浮かべる人が大半であろうが、それだけがこのソフトのすべてではない。何が違うのか説明しよう。
     まず、生徒に、図2-1のようなx-tグラフの画面(問題のグラフ)が示される。
     生徒は、この問題のグラフと同じ結果が得られるように、下の実験室で実験の初期値(斜面、スタート位置、初速度)を設定し実験を行う(図2-2)。
     コンピュータは、生徒が設定した条件に従って運動のシミュレーションを行いグラフを表示する(図2-3、4)。 実験の結果は、課題のグラフ上に新しいグラフ(点線)として表される。
     生徒は、実験結果と課題のグラフを比較することによって、自分が設定した実験の条件が正しかったかどうかがすぐにわかる。違っていた場合には、グラフを見たり、条件を変えたりして、一致するまで実験することができる。
     どんな操作がなされたかは、すべてフロッピーに記録される。


    ●どこから何を始めてもよい環境

     ある生徒は、3種類のグラフをすべて見たあとで、条件を設定するかもしれない。また、ある生徒は、一度設定した条件を途中で変更するかもしれない。
     生徒が自由な発想で問題に取り組めるように、次のような学習環境とした(図3参照)。

    1. 実験の初期値は、どれからでも自由に設定および変更することができる。

    2. 3種類のグラフのうち見たいグラフは、初期値を設定しているときでも、実験の前後でも、いつでも表示することができる。

    3. 実験をしたいときは、いつでも実験することができる。



一人ひとりの解決過程〜どう違っていたか

     奈良県立登美ヶ丘高等学校の協力を得て、この教材を用いたCAIを実施した。生徒は、筆者が期待した以上に熱心にこの課題に取り組んでくれた。以下、その学習記録の分析結果である。

    ●学習履歴は語る!

     生徒がマウスを使って行った一つひとつの操作がすべてフロッピーに記録されている。その記録を見やすくプリンタに出力させたら、図4のようになる。記録から次のようなことを読み取ることができる。

    1. どのグラフを表示させているか。

    2. 初期値をいくらに設定したか。

    3. どの初期値を変更したか。

     図4から、生徒の操作を再現すると次のようになる。

      (0) まずx-tグラフが表示されている。

      (1) スタート位置を0に設定した。

      (2) 初速度を50に設定した。

      (3) 斜面を図のように作成した。

      (4) v-tグラフを表示させた。

      (5) a-tグラフを表示させた。

      (6) 1回目の実行をした。(失敗)

      (7)  斜面を図のように変更した。

      (8) v-tグラフを表示させた。

      (9) 初速度を0にした。

      (10) 2回目の実行をした。(成功)

     A君は、問題1から問題3までは、このような解き方をしていなかった。もう少し試行錯誤をしながら解いていた。その過程で、解決方法を見つけたのだろう。問題4では、初期値を決めるのに各グラフのt=0の値から読み取って、1回の操作で正しく設定している。

     B君は、結果がまったく違っていたので、設定した条件を逆にして次の実験をしている。この方法は、解決の見通しがたたないときの問題解決の方法としてよく用いられる方法である。

     C君は、課題のグラフとよく似た形のグラフが得られたので、少しずつ条件の値を変更して正解のグラフに近づけようとしている。

     B君やC君のような条件変更の方法は、自分なりに仮説をたてて実験を行い、解決の糸口を見つけている。

     この学習記録の分析をとおして、十分に検討されたコースウェアならば、その学習記録を分析することによって生徒の実態をよく把握できるということが実感できた。
     CAIの学習記録を分析することによって、今までの方法では知ることができなかった生徒の思考の断面を見ることができた。学習記録を有効に使ったならば、より良い授業が約束されるであろう。


(筑波大学大学院研究室にて)1990.3
(せぐち しゅんいち:熊本県立熊本北高等学校教論)